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シエムリアップ出発は3時45分。バンコクには4時半頃到着。

3時間も時間があり、その間、マッサージを1時間。

出発は8時。

アブダビ到着は午前0時でした。

そこからバスで1時間半ほど、学校到着は1時45分。

親に学生を帰して、アパートに帰ってきました。帰宅は午前2時半。。。

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この日からお腹の調子が悪くなります。

が、そんなことは言ってられん。14kmも自転車を使って、アンコールの遺跡群の見学があるのですから、僕にとっては、一番のハイライト。

8時頃にバイヨンに到着。そこから、タプロームへ。そして、アンコールワットへ。

アンコールワットに入る前に昼食。腹痛絶頂。

おさまったところで、アンコールワットを見学してきました。

ここは3年前も訪れている場所ですが、とても落ち着きます。12Cに、こんな寺院を作る技術があったこと、その寺院の中に、インドの「ラーマーヤナ」などが書かれていることなど、いろんなことに驚かされます。当時は世界一大きい都市だったそうです。

帰ってきてからは自由時間。夕食後はナイトマーケットへ。


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トンレサップ湖へ。

雨期には面積が3倍にも膨れ上がるそうで、今年は特に大変だったようです。

バンコクでは「洪水」と騒いでいたけれども、カンボジアでは水の恵みだ、とあまり洪水とは騒いでいませんでした(とはいえ、亡くなった人もおりましたが)。

ここで、船に乗って、湖に隅人たちの暮らしぶりを見て来ました。どうやって生活しているんだろう、と思いましたが、ほとんどが漁師なんですよね。

昼は自由時間。

夕方から、孤児院で影絵を作っているところに案内してもらいました。
面白かったですよ。学生も、ゲームなんかして楽しんでいました。


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今日の午前中は、ボランティア活動で、カンボジア人の家の一部を建設。

日曜大工なんて、俺を含め経験した人があまりいなかったのにも関わらず、みんながんばってました。俺もトンカチもって挑戦したりして・・・。

午後はのんびり。学生はプールで水浴び。

夜は、Cultural Villageで演劇鑑賞。結構よかったですよ。チャンパーが攻めて来て、それをクメールが追い出した、というストーリーでした。


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今日は山登りの日。クレーン山という山を登りました。

上ったところには涅槃像があり、それを参拝。そして、滝に。学生は水浴びして遊びました。(俺は監視)。


帰ってきてからは、ホースライド。乗馬です。俺は体調がすぐれなく写真やムービーに専念。



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午前中は、カンボジアの歴史ツアー。プノンペンにいるので、現代史。

まずは、Killing Fieldへ。虐殺が行われたところです。詳しくはウィキへ。

そのあとに、S21。ポルポト派が処刑を加えた場所

トゥール・スレンと呼ばれるところです。ここは本当に悲惨。でも見る価値はあると思います。
ツアーガイドが、このポルポト政権下での生活の実体験を語ってくれました。聞いているだけで、考えられないことが行われていたんだな、と実感させられました。

その後、ランチを食べ、6時間のバス移動。シエムリアップへ。

途中、バスが故障する、なんてトラブルもあり、到着は9時過ぎてました。


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バンコクには午前7時に到着。

次のプノンペン行きは8時なので、大勢を連れて、トランジットへ。

中東から来たもんだから、セキュリティチェックに時間がかかり・・・。俺なんかいろいろ調べられました。

多少遅れること、8時半頃にバンコクを出発。1時間弱でプノンペンへ到着しました。

プノンペンは初めてです。
でも、要領は分かっているので、結構スムーズでしたが、また荷物がバンコクに取り残されたまま・・・。(エジプトでの状況と同じです、はい)。

いろいろ書類作成したりして、12時に空港を出て、昼食へ。

そして、Free the Bearsというコミュニティーサービスをしに行きました。

秋田県で「熊」と言ったら「襲われるもの」とか「死んだフリをしろ」とか、そういうことしか思い浮かばないかもしれませんが、世の中では、熊を道具のように乱用しているケースがあり、そういう熊を集めて動物園のように飼育しているところで、ボランティア活動です。

熊の餌づくりなどが主な仕事でした。

夕食を食べ、ホテルでは、バタンキューでした。


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5時半、学校を出発。
7時前に、アブダビ国際空港着。

チェックインなんかを済ませ、9時半に搭乗。10時20分、バンコクに出発

3年ぶり2度目のカンボジアです。

学生も問題を起こしそうな学生はあまりいないので、楽しい旅行になればいいな、と思います。

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これもヒンドゥー教寺院です。「サムレの砦」という意味のようです。

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Banteay Samre3

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バンティスレイは、彫刻の技術がすばらしいそうです(芸術センスのない僕は?ですが、Beasutifulといわれれば、そう見えてきます)。なかでも中央神殿の側面に彫られたデヴァダー像は「東洋のモナリサ」と評されるほどのもので作家のアンドレ・マルローが盗掘して持ち出そうとして逮捕されてしまったいわくつきの物。後にその時のエピソードを小説に著したことで注目をあつめたそうです。

Banteay Srei1

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クバル・スピエンは、シエムリアップから、バイクを走らせること約90分の奥地にあります。
ここも登山。1.5kmを歩き続け、川のせせらぎの音が聞こえたところに、遺跡があります。

クバル・スピエンには川底にリンガ(男性の象徴)やヨニ(女性の象徴)がシヴァ神の象徴として彫られており、繁栄の源と考えられていました。これもヒンドゥー教の影響でしょうね。

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2日目の夕方、夕日が奇麗だ、ということで、プノンバケンというところに行ってきました。まぎれもない登山でしたが、山頂について、そこにある遺跡を上って見る景色は最高でしたよ!。

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「カンボジア」と聞いて、誰しも(含俺)が思うのが80年代から90年代に続いた「カンボジア内戦」じゃないかな?妙に聞いたことのある名前・事柄で、「クメールルージュ」とか「ポルポト」とかがあげられる。

カンボジアの起源といわれるのは、「真臘」という国。お隣ベトナムにある扶南を滅ぼし、ジャヤーヴァルマン1世のときに最大。古代国家は川沿いに生まれるが、やはりこの真臘も例外ではなく、メコン川流域に繁栄した。

ジャワ王国の支配下に入り(8C)、その後、アンコール王朝(クメール王朝?)を建設(11C)。このときに、シエムリアップ周辺に数々の寺院が作られた。ただ、数々の王朝や国が攻撃。アユタヤ王朝(タイ)や元の攻撃等で、13C以降は、アンコールを放棄、現プノンペンのエリアに首都を変遷。

19Cからフランスの植民地となる。その後、フレンチインドシナに併合。

1945年、シアヌークは独立を宣言(日本軍がインドシナ侵攻後)。しかし、日本軍の降伏とともに、フランス領となる。独立は失敗。1953年、インドシナ戦争でフランスの退却にともない、独立。


カンボジア王国(~1970年)となり、シアヌークが首相となり、後に国家元首に。アメリカのベトナムに対する北爆で、断交。

1970年からは、クメール共和国となる。ロン・ノルがクーデターにより、シアヌーク派を追いやり、クメール共和国を作る。ロン・ノルは親米なので、反ベトナム運動を行い、ベトナム系住民を迫害したり殺害したりする。また、アメリカ軍と南ベトナム軍にカンボジアを侵攻させ、ホーチミン・ルートの破壊を行う。このとき、カンボジア空爆もカンボジア全域に拡大。難民は増え、農業生産は激減、ロン・ノル政権への反政府運動が激化していく。

シアヌークは、反ロン・ノルグループとカンプチア民族統一戦線を結成。クメール・ルージュ(ポルポト、キューサムファンなどがいる)が応援する。ポル・ポトとシアヌークを擁立して、ロン・ノル政権との間で内戦となる。

アメリカがベトナムから撤退(1973年)し、ロン・ノルはアメリカの協力を失う。

クメール・ルージュは、1975年に首都プノンペンに入り、民主カンプチアに国名を変えた(1976年、新憲法制定後)。このとき、クメールルージュは都市部の住民を強制的に農村部に移住させた(ベトナムが攻めて来る、というデマで)。このとき、例外はなく、妊婦だろうが、高齢者だろうが、重病人だろうが、全員農村部へ移住させられた。もちろん4-5月のカンボジアは炎天下で、その中を何十、何百キロと歩かされ、大量の死者がでる。

カンボジアは、内戦により農業が衰退、食料輸入援助が止められている混乱状態だったが、クメール・ルージュは信じられない政策を実行する。それは、毛沢東の共産主義を絶賛した極端な原始共産制社会へ逆戻りの政策。知識層、富裕層、新ベトナム派は虐殺。飢餓と虐殺で100万人は亡くなったと言われる。

1978年、ポル・ポトがベトナムを攻撃し、国交を断絶。ベトナムはソ連と親交を深めていて、中ソ対立から親中国のポル・ポトと対立。

1978年のクリスマスに、ベトナムはヘン・サムリンを擁立し、カンボジアを攻撃。これから約10年内戦は激化。

1988年、東京での和平交渉、UNTACの設置とともに、武装解除、内戦の終結が決まった。(この辺りは、子供ながら、僕も記憶がある)

1988年、国連カンボジア暫定統治機構(事務総長:明石康、秋田県出身ですよ)のもと、平和維持活動が推進。日本のみならず、アジア全体がカンボジア復興に向けて努力する。


カンボジア内戦終了から約20年、ここは暗いイメージや治安が悪い、ということはなく、逆に活気が感じられる。国自体が前向きな感じがする。

日本から来た、といえば、お土産や本を買わされるだけではなく、「日本のおかげで・・・」と言われることから、各国の協力があって、この国が成り立っていることを、国民が知っているのだろう。

まだまだ発展途上で、時間はかかるとは思うが、虐殺などで命を失った悲しみよりも、「生きている人間で、未来に進んで行こう」とする勢いには、ある意味感動させられる。


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タ・ソム:
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プレア・カン:プリア・カンは「聖なる剣」という意味で、チャンパ軍との戦いで勝利を記念して建設されたものです。碑文には、当時は10万人近くの人々がここで働き、踊り子も数千人いたと記されています。内部は小さい僧院や小堂、回廊が複雑に配置されています。アンコール遺跡では珍しい円柱状の柱と、二層構造の建造物が有名です。


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プレループ:ヒンドゥー教寺院。上からの眺めはとてもきれいです。

Pre Rup1

Pre Rup2

ニャック・ポアン:「絡み合う蛇」という意味だそうです。メインの大池を中心に東西南北に小さい池があり、それぞれ大池とつながっています。つながりの部分はそれぞれ人、獅子、象、牛をかたどった彫刻がなされています。

Neak Pean1

Neak Pean2



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バンテアイ・クデイは「僧房の砦」を意味しているそうです。これもヒンドゥー寺院でしたが、後に仏教寺院として改造されています。改造が繰り返されて、内部の通路は複雑で迷路のようになっています。

祠堂の中には後世に持ち込まれた仏像が安置されていて、僕も仏教徒の端くれとして、お祈りしてきました。(「是非是非、っていわれるもんだから)

Banteay Kdei1

Banteay Kdei2

Banteay Kdei3

Banteay Kdei4

スラ・スランは「水浴の池」という意味でジャヤヴァルマン七世の沐浴場として造られたそうです。池の中心に建てられた中央祠堂はポル・ポト時代に崩壊しています(歴史的に価値があっただろうに・・・)。また、同じくポル・ポト時代に食糧増産のため、池の水を大量 に抜かれてしまったため、一部干上がっているところがあるそうです。

トゥクトゥクから・・・
Srah Srang



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タ・プロームも仏教寺院として建立されたけど、ヒンドゥー教寺院として改修されたとされる建物。こちらはカンボジアの内戦ではなく、大樹により破壊されています。が、ここで2つの疑問が・・・。

この大樹たちは寺院を破壊しているのだろうか?(そうだとして、樹木を切り倒したら、以前のような魅力は無くなるんじゃないか・・・)

この大樹たちは寺院を支えているのだろうか?(そうだとしても、いずれは寺院は崩れる・・・)

という議論が出ている模様で、インド政府が修復計画に乗り出しているが、未だにあまり手がついていない状態だそうだ。

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小さい遺跡群:トマノンとチャウ・サイ・デヴォーダ。
Thommanon.jpg

タ・ケオ:建設している間に、王が無くなったので、未完の寺院だそうです。
Ta Keo1


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アンコール・トムは「大きい街」という意味で、本当にその中には、いろいろな遺跡があります。

南大門は写真を取りませんでしたが(トゥクトゥクが止まらなかったため)、そこから中に入って行くと、バイヨン寺院が見えてきて、象のテラス、ライ王のテラスと続きます。

バイヨン(バヨン):バイヨン (Bayon) は、ヒンドゥー教・仏教の混ざった遺跡。アンコール・トムの中央にあります。

「バ」=美しい

「ヨン」=塔

という意味だそうです。

Bayon1.jpg


Bayon2.jpg

バプオン:
Bapuon1.jpg

象のテラス:象は見つけられなかったです(悲)。
Elephant Terrace

ライ王のテラス:
Leper King Terrace


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中学校の歴史、高校の世界史(日本史でも)で習う「アンコールワット」です。

アンコール:王都

ワット:寺院

だそうで、ここはヒンドゥー教の神様がまつられていたそうです。


Angkor Wat1


Angkor Wat2


Angkor Wat3


12Cに、アンコール王朝のスーリヤヴァルマン2世によって、ヒンドゥー教寺院として三十年ほどかかり、立てられました。

でも、後に、仏像がおかれ、仏教寺院となりました。

カンボジア内戦では、仏教等の宗教が否定されたがため、クメール・ルージュに仏像も壁画も破壊されました。

1992年、世界遺産登録。悲しい歴史を乗り越えたあとが、アンコールワットには見られます。


Angkor Wat4


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