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2006年総括

もう今日で、2006年は終わりか(日本はもう2007年だけど)。

考えてみれば、2006年という年は、去年以上に、というか、これまで以上に色んな転機が訪れたときでした。

第1位としてあげられるのが、就職!
この不況の時代に、自分が昔からなりたかった仕事につけたのは、言うまでもなく、友達や家族、そしてその他大勢の皆様の協力と理解があったからだと思います。
同じ高校で、教育実習生→教諭という昇任はうちの高校は結構ありましたが、さすがに社会科→数学科、というのはなかったので、周りの先生方にもいろいろ気を遣っていただきました。

「住めば都」とは言ったもので、強制転勤(この国には人事異動はまずない)やビザがおりない、教え子に手を出しちゃった(笑)、教え子をいじめちゃった、という自分では避けられない状況を抜きにすれば、グリーリーウエストにお世話になろうか、と思います。というのは、今日部屋の掃除をしていて、過去3年分のThank You Cardsが見つかりまして、あ、俺はなんていいところに就職できたんだろう、って思いました。今はやはり初年でいろいろ大変だけど、まあ、これも時間が経てばいい思い出になるんだろうな、と、思います。

第2位:大学卒業(卒業式は欠席したけど)
ようやくですよ、はい。早ければもう3年も昔に出来ているはずなのに、18の時点で人生が狂ってしまいました。
1998年の入試は不合格→一浪決定。
1999年の入試も不合格→二浪決定。
2000年の入試も不合格→どうしようかな・・・??
という感じで、結局「先生になること」には諦めがつかず、海を越えたアメリカまで来てしまいました。あれからもう6年近く。1年間は語学学校へ行き、英語を勉強し、5年間は大学で教職をやっていました。

日本で言うなれば、

3浪(2年代ゼミ、1年INTERLINK)、1留(大学に5年もいた)

この状況では日本では就職できませんよね(笑)。
まあ、その分、人一倍は苦労しましたよ。だって、本来

『1浪で馬鹿みたいに勉強して、日本の大学いって、最初の3年は合コン三昧で、最後の1年で就職活動(教員採用試験の勉強?)』

っていう、あすなろ白書(古っ!)的な大学生活を送って、キャンパスライフを満喫しようとしていたのに、

『2浪もして、1年語学学校で睡眠不足になるまで勉強して、5年英語との戦いで、勉強しかしてない』

っていう状況でしたよ。歴史なんて専攻してしまったから、暇があれば本を読んでいる(しかも英語で)、ペーパー書いている、ってかなりインテリだな、俺、って自己マンに走りそうだもん。

そして卒業したら数学でしょ(笑)。

神様仏様アッラー様は僕を捨てています。18の時から、ずーっと、27の今年まで(笑)。

でも、大学生活を振り返ってみると、日本では経験できないことが出来た、というのは今後の人生ではかなりプラスに働くことでしょう、って思ってみる。

特に2006年は大学の集大成としての教育実習があったわけで、600時間の実習を課されるのだけれども、俺は

1日12時間(7時から7時まで)勤務を1月から5月下旬までやってのけた。

自分でこの仕事が好きなんだな、なんて思いますよ。でもやっぱり、最後の最後で、いい学生を教えて、彼らの卒業を見届けられたし、教師冥利に尽きる、と思わされました。

僕の卒業は教え子のおかげでできたのかもしれません。

だって、学級崩壊しちゃったら、教育実習の単位がもらえないんだもん。

第3位は、自分の家族の話だけど、弟が結婚して、子供が生まれたことですかね。
これで、俺に対する風当たりも強くなりましたよ。あっ、でも最近、

「いや、俺はね、親にかけてもらったお金を返すまで、結婚はしませんよ」

っていう、台詞を言い出したら、親も納得しました(笑)。これ、使えますよ。本音は「結婚なんてまだする気ありません。」

とにかく、うちの家族にも2人、弟の奥さんと、子供が仲間入り。うちの親はさぞ幸せかと思います。

だって、昨日年明ける前に電話したら、

「あーあー、うちの永遠(「とわ」と読む)君・・・。」
「いい子ですね、うちの孫は・・・。」
「お年玉、永遠くんにあげないとね、金食い虫(=俺)が卒業したからね。」
「ほらほら、だっこしてあげないと・・・。」

なんて電話の向こうで連発して、俺には

「ポンタ(愛犬)としゃべってなさい」

って、俺は犬と同様か・・・・・。

まあ、うちの家族にとっては、いい1年だったと思います。

と、3位まであげてみました。
この3つが自分の中で大きいので、他のうれしいことなどは、全然浮かびません(笑)。

2007年どうなることやら。僕にはもう一つ、大きい山が残っています。労働ビザ取得。

神様仏様アッラー様。2007年ばかりは意地悪しないでください。


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代ゼミの富田先生

Youtubeで見つけたもの。めざましテレビでやっていたようです。

代ゼミで英語を習った先生です。代ゼミに言ったことのある人、受験生なら1回はこの人の名前を聞いたり、富田先生の書いた本をやったことがあると思います。

この人なしに今の英語力は身に付かなかったでしょう。




動詞の数-1=接続詞/関係詞の数。知ってる人は知ってるよね。

暴言吐かれていた日々が懐かしい。テキストにもサインを書いてもらった。

「もう帰ってくんなよ。」って言われたな~。
 
あーあー、新年だというのに、

高校来て仕事しちゃってるよ(笑)。


こんなときまで仕事中毒にならなくても、と思う。

10分程で後にしたから、そんなんでもないけど・・・。


今日は朝から片付け。(自分の家のね)
机の周りがカオスになっていまして、それを片付け。ま、明日で元通りになるとは思うけど。

昼以降はゆっくりドラマ見ましょうか、という感じです。

あっ、そうそう、最近「24」とかというドラマが流行っているけれど、俺はまだみたことがありません(笑)。

そのかわり、Numbe3rsというドラマにハマっています。
FBIの捜査に数学など科学的知識を持ち込む、ということで、実はこれ、

授業で使ってます(笑)。

ねっ、社会科の先生みたいでしょ。

"We all use math everyday."というスローガンで、計算機の会社、Texas Instrumentsが教材等を開発していて、それを使っているんですよ。

まあ、中には「レイプ」とか、とてもとても、学校で14歳、15歳の連中には見せられないものも含まれているけど(笑)。

日本でもなんか、やっているみたいですよ、FOX Crime(だっけ?)なんか、そんな感じで、タイトルは、「NUMBERS~天才数学者の事件ファイル」です。

数学に少しでも興味を持てたら、と思います。
 
昨日まで降っていた雪もやみ、今日は霧で全く外が見えない状態だった。

ルームメイトのパソコンがインターネットにつながらず、コムキャストが今日来ることに。朝8時前から起きてまっていたら、8時半には来た。

インターネットそのものには問題はなく、Routerが必要だ、というので、ウォールマートへ。

早速買ってきて、セットアップ。最初はうまくいかなかったが、パソマニア(昔はね)の経験を生かして、「あれを、こうして・・・」とやっている間にインターネットに接続完了。

どうやったかは覚えていない。

朝から、頭を使ったのか(っておい!)、昼過ぎに急に眠くなってきて、睡眠。久しぶりの昼寝。

夜は久しぶりに実家に電話。うちの両親は孫のことで、俺のことはどうでもいい感じでした。
ま、今年はうちの親にとってもうれしいことが続いたからかな、幸せそうな感じ。


俺にもその幸せを分けてくれ、と叫びたい。

明日は、今年1年を振り返ってみたいと思います。

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外も雪だし、家で仕事かな、と思い、来セメスターの計画を作成。

時間がかかり、その上、高校に行かないと出来ないこともあるので、高校へ行ってくる。

案の定、雪かきされていない(笑)。駐車場を横断するのに一苦労。


ワークブックやなにやら、マテリアルをコピーして帰ってくる。

今日は殆どやることが終わったので、早く寝よう。
 

Winter Break Day 8 UNO

今日からまた雪が降る予報。

でも午前中は全く降らず。1日家にこもっていたが、午前中だけでも高校で仕事をすればよかった。


5時にはもう雪景色。また雪かきか~。

今日は7時にこの町にすんでいる日本人の方に夕飯におよばれされた。
餃子に、酢豚に、かきあげに、炊き込みご飯に、かなり豪勢な夕飯だった。

その後、Lifeというアメリカ版人生ゲームをし、UNOをやる。

これに3時間(!)。特にUNOは全然勝てなくて、イライラ。12時すぎまでやっていた。
最後の最後で勝てたからよかったけど。。。

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歴史っていうのは、裏話があるから一層興味がわく。トリビアをまとめたサイトをボストン近郊で数学の先生をやっている、esteeさんからずーっと昔に紹介していただいたので、そのサイトから一部引用します。結構笑えますよ。サイトは、世界史は妄想を超えて(http://www.geocities.jp/asamayamanobore/)

(1)
敗戦後、吉田茂首相はGHQに食料配給要請を出した。
「このままでは冬が越せない!食糧不足で餓死者が100万人は出る!」

450万?の食料緊急援助を貰った日本だが、後の計算でそんなに食料は不足していなかったことが判明。首相を呼びつけて怒るマッカーサーに「そんなに日本の統計が正確ならば、我々は戦争に負けてなんかいませんよ」と吉田茂はしれっと言った。

(2)
日本育英会は 東条英機が設立した。

(コメント)個人的には90へぇ。

(3)
戦争中から進駐直後、日本の文書や報道では「マッカーサー」を
「マック・アーサー」や「マックワーサー」と書いていた

(コメント)
これは英語の発音で、そう読むから、と言える。マクドナルドも「マックダノー」に聞こえる。(俺の耳が変なのかな?)

(4)2連発。
ペンタゴンの中庭にあるカフェテラスの名は…
「グラウンド・ゼロ」
※補足
9:11テロ後さすがにまずいということで改名された。

ペンダゴンにあるカフェ、『グランド・ゼロ(爆心地)』の名前の由来は
「ソ連の戦略ロケット軍の諸君。君達はココをICBM(弾道ミサイル)の標的にしてるだろ?だったらカフェの名前は 『グランド・ゼロ』にしとくよ、HAHAHA!」
というウソのようなアメリカンジョーク。

(コメント)アメリカ人の楽観性が伺える。(今はそうでないが)

(5)3連発
歴史上、アメリカ本土を爆撃したことがあるのは日本のみである

※補足
本土爆撃という意義を達成するためだけの爆撃だったため、真夜中にオレゴン州の人里離れた森林を爆撃、山火事を発生させたのみだった。

アメリカ本土を爆撃した日本人パイロットは戦後アメリカに招待され、勇敢な軍人だとして名誉市民になったりしている。

アメリカに招待されたパイロットは、罪を問われたら自決するつもりで家宝の刀を持参したらしいが 、いきなり大歓迎されたので混乱したらしい。
その刀は友好の証として博物館に寄付し、今でも毎年会いにいってるそうだ。

(コメント)ビンラディンもそうなるのかな??

時間のある時、一度見てみてください。ハマりますよ、歴史マニアの皆様。

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昨日も予告した通り、5時頃にベットに入る。が、なかなか寝付けず、結局八時頃かな、寝付いたのは。そして、バッチリ

午前1時起床。


空港に友達を送っていくため。グリーリー出発は2時半。3時半過ぎについた。

カウンターもまだ空いていて(当たり前か)、すんなりチェックイン。その後、カップケーキやいなり寿司を食べ、コーヒーを飲んで休憩。

今回、アメリカの大学を卒業して、日本に帰る友達と、サンフランシスコに遊びにいく、という友達の二人を送っていった。

ご飯を食べながら、チケットを見せてもらうと、サンフランに行く友達のデンバー出発時間は、

8:30pm

と書いてある。

ちょっとまて、こんな早く来ていいのか??と思い、恐る恐る、

「これpmになってるんですけど・・・。」

ショックを受けていたようで、結局チケットの変更にためにカウンターへ。ウェイティングリストに名前を載せてもらったそうだ。

この時点で5時前。

快適なレンタカーで、1人寂しく帰ってきました。(只今6時半)


日本に帰る友達へ。受験勉強がんばってね~。また遊びにおいで。
サンフランシスコへいく友達へ。楽しんできてください。送迎バッチリです!

そして・・・
帰ってきてからは一睡もせず、レンタカーを返しにいった(その前にガスも入れた)。

そうしたら、ショップの人が、

「それでは合計、630ドルです。」

えっ?俺払うの?はめられた??

と思ったけど、自分が去年車をぶつけてレンタカーにしたときも、返した時に払った。
そう、レンタカーは、車の返却時に払うのだ。

しょうがなく、630ドル立て替える・・・。一気にビンボー。。。

その後、サンフランに行った友達の車を自分のアパートの駐車場へ移動。明日から大雪になる予報なので、雪かきなどしやすいから。

そして、ウォールマートで、冬眠の用意(笑)。
明日も凄まじいことになる予感がするので、サバイバルするための食料等を買う。

午後はゆっくり、来セメのシラバスを考える。ちょっと変更したので、校長先生にチェックしてもらわないとけない。

さて、漸くゆっくり出来るな。今日は(も?)早く寝よう・・・昼寝してないから・・・。

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安倍首相直属の教育再生会議(野依良治座長)は8日、都内で合宿形式の集中審議を行い、教員の多様化を図るため、「教員採用の社会人枠」を設けるべきだという見解を、1月にまとめる第1次提言に盛り込むことで一致した。現行の特別免許状制度の活用などにより、専門性が高く、意欲ある社会人の採用を促すのが狙いだ。
特別免許状制度は、専門的な知識や経験を有する一般社会人に対し、都道府県の教育委員会が検定や第三者による推薦で教員免許を付与する制度。1989年に始まったが、免許付与は4月現在で195件にとどまっている。
再生会議は、特に理科や英語の教員の増加を狙い、「採用者全体の2割」などの数値目標を設定して免許付与を進めるよう提言する。この日の審議では「目標は2割では足りない。教員の半数程度を民間人から採用すべきだ」という意見も出た。
一言。

文科相さん、お願いです、

僕を雇ってください。

って、俺、社会人じゃないか・・・・。

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クリスマスもおわり、漸く普段の日々に戻った。

独り身の俺にはあんまり関係ないけどね。



今日は朝から、車のオイル交換にいき、友達とメシを食べ、部屋の本の片付け。

友達が明日日本に帰るので、空港に送っていくのだが、その時間が、


午前2時!!!!!


まあ、この前の大雪で大変なことになったからしょうがない。今日は夕方5時にはベッドインです。


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高校で必修となっている世界史の履修逃れが問題となっているが、大阪大の小林茂教授(地理学)は、「必修でない地理はもっと大変なことになっています」と打ち明ける。
 一昨年末に京都で開かれた地理学の研究会で驚くべき報告がなされた。予備校講師の調査で全国約500ある私立大学のうち203大学が地理を入試科目にしていなかったのだ。「近畿では私大入試の70%が地理を排除していました。そこには近畿でトップの大学の名もありました」と小林教授は嘆く。
 「なぜ地理を選択しないのか」という生徒たちへのアンケートでは、「受験に使えない」という答えが最も多く、「魅力を感じない」「高校で地理を選択できない」との回答が続いた。
 かつて地理は必修だったが、1973年度から世界史、日本史とともに選択に。さらに94年度に地理歴史科のうち世界史だけが必修となった結果、地理の地盤沈下は決定的となった。そこには、教育の成果を測るはずの入試が、教育の制約になっているという皮肉な現実が横たわっている。
必修なの、選択なの、そういう風にカリキュラムを組むから問題になる。一層のこと

社会科(地理歴史)すべてを必修にする

くらいの度胸が必要だ。受験科目をB、それ以外をAでやらせる。

センター試験では、すべての地理歴史、公民を受験させる。(必修漏れを防ぐため)

他国では社会は重要な科目と位置づけられている(と一元社会科現数学科教師は思う)。民主主義の礎となるからだろう。

前にも書いたけど、こっちの学生はすべて勉強する。世界史(1年)、アメリカ史(1年)、アメリカ政治(半年)、世界地理(半年)。これらは必修。経済、社会学、心理学、ヒスパニック研究は選択。

このクラスの中で、読解力や作文力をつけていくので、知識ばかり教えているというわけではなく、かなり実用的なこともやる。

ちなみに、俺は高校のとき日本史選択だった。でも、日本を知る前に世界史もやっておけばよかったな、っても思ったので、代ゼミでは世界史もとった(2浪したから時間があったので)。

いざ、教育実習になると、今度は地理を教えろ、と。大学で習ったが(楽勝A科目)、やはり高校でとっていなかったせいか、授業を組立てるのにかなり苦労した。だって

全て一から勉強し直した

んだもん。でも、勉強してみると、これが結構面白い。自分が他国にいる、ということも助けて、いろんな国のことを知ることは、受験ぬきにしても、今後アメリカ社会で生きていくにはかなり役に立つだろう、とは思う。知っていて損はない、という気がする。特にアメリカの国際的関与は凄まじいもので、新聞を開けば、必ずアメリカと他国の関係の記事が載っている。

世界地理を教えていて、学生のみならず、自分が一番勉強していて楽しかったような気がする。
特にインターナショナルの特権、ゲストスピーカーを呼んでいろいろ質問をする。こういう経験はアメリカ人のみならず、日本人にもいい意味で影響を与えると思う。

「Taking Others' Perspectives」は自分が社会科教育を勉強していたときに掲げていたテーマだ。歴史も時間軸を基準に、当時の状況に身を置いて考える、地理も他国に身を置いて状況を考える。

いい実践だった気がするし、学生も世界地理を通して、他人の立場を考えれるようになったと思う。会えば、そのときの話になる。

一社会科教師として思う、全ての科目を必修にせよ、と。理科は「理科総合」があるではないか。どうして、社会で「社会総合」がないのか?どうして「世界研究」のようなものがないのか?総合的学習よりももっと身のある授業が展開できるんじゃないか?


と、数学を教えている社会の先生は思うのでした。


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待ちに待ったクリスマス。

今日は午前と午後とブランチとサパーにおよばれされている。

午前中は数学科主任の家に行ってきた。先日の豪雪で道が雪道。ドライブウェイに駐車しようとしたら、見事に

スタック!!!!!!

それも、押しても動かないセトラルハイに車が引っかかり動けず。

そのため、結局ロープで引っ張ることに。

無事に車を駐車できた。もうこんな中運転するのはいやだ、と思ってしまった。

ブランチを食べながら数学科主任の奥さん方の家族と話をして、プレゼントタイム。俺も数個もらってきた。

そして、12時半に帰宅。着替えて、今度は数学科の別の先生の家へ。同じようにスタックしたくないので、迎えに来てもらうことに。

1時から5時までターキーを食べ、パイを食べ、フットボールを見ながらくつろぐ。

そのミスターZの息子さんの一番若いのは、

俺の3年前の担当教諭のTA

で、俺のことを覚えていてくれた。しかも親父には内緒にしていたんだとさ。

ついていきなりプロレスごっこだよ、おい。Hey come on, dude!なんて行ってきやがって、サパーを食べる前にひと乱闘。

午前中の雪かきに引き続き、このプロレスで、絶対筋肉痛になるな、と予想する。

こんなに優しい皆さんに囲まれて、俺は本当に幸せだな、って思う。Thanksgivingのときも書いたと思うけど、こういうところがアメリカのいいところだな、って思う。

今日はもう寝よう。なんか、日本の正月のような生活だーーー食って寝て・・・。

明日からは通常日程。仕事をしに学校に行こう。(その前に車のオイル交換もしないと)

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政府の教育再生会議の野依良治座長(ノーベル化学賞受賞者)が8日に開かれた「規範意識・家族・地域教育再生分科会」(第2分科会)で、「塾の禁止」を繰り返し主張していることが、同会議のホームページに掲載された議事要旨でわかった。しかし、再生会議が21日にまとめた第1次報告の原案には「塾の禁止」は盛り込まれていない。
驚きました。ここまでやるのか、と。(まだやってませんが)

確かに、田舎育ちの僕は塾にいったことがありません。昔、そろばん、なんて塾があって、通っている人がいて、算数学力アップのチャンス!と思って親にいったんだけど、「ダメ」の一点張りでいけなかった。
なので、僕の教育は秋田県の公教育に18まで頼りきっていた。

で、自問してみる。それで高校や大学に行く力がつくのか、と。

俺のような能力のない人間は、大学に行く実力なんてものは、学校教育だけで培われたものではないことは確かだ。(お前が勉強していないからだ、って言われればそれまでだけど)

当時の人気教育商品は、

進研ゼミ!!!!!!

これがあったから、ある一定の学力を維持できたと思う。(高校に入った時点でやめたので、学力は2次曲線並に急降下していったが。笑)

学校の勉強についていくために、塾がある。(都会では受験に受かるために塾にいくらしい。)塾がなくなった状況で公教育を考えると恐ろしくなる気がする。

学校で
(1)教科書の新しい単元を教えて、
(2)受験指導をして、
(3)出来ない子の面倒をみる。
なんてことは、現場の先生方の負担を増やすことになる。先生にはその上
(4)校務分掌
(5)学校行事
(6)生活指導
(7)その他雑務

がある。生徒も生徒で勉強する場を失われるが、先生は先生でかなり忙しくなることは必至だと思う。

座長さんの言っていること、

「塾はできない子が行くためには必要だが、普通以上の子供は塾禁止にすべきだ。公教育を再生させる代わりに塾禁止とする。」
「昔できたことがなぜ今できないのか。我々は塾に行かずにやってきた。塾の商業政策に乗っているのではないか。」

もわからないではないけれども、勉強したい学生の意欲をそぐようなことをしてはならないし、現場の意見も聞いたほうがいいと思う。
「昔」と「今」の情勢もはき違えているのも問題である。昔ってどのくらい昔になるのか?そのときの状況を現在に当てはめてもいいのか?という疑問も浮かぶ。


ちょっとアメリカの教育に関して言わせてもらいたい。
グリーリー内、いや、コロラド州内には塾なんてものはないと思う。都会に行けば、SATやACTの予備校があるようだが。

SATやACT対策は学校でやっているのか、といわれそうだが、答えは

イエス

である。SAT/ACT用のクラスが一つある。英語のクラスなのだが、かなりの学生がそれをとって、テストに慣れるようにしているようだ。

数学は授業でやる。テストプレップとしてやる先生も多い。

そんなテスト対策の準備の時間はあるのか??と聞かれそうだが、日本の先生に比べれば断然あるほうだろう。上記の(4)から(7)はないからだ。こっちの先生は教えることに集中できる。その分給料は安いし、ボーナスはないけれど(笑)。

一傍観者から言わせると、現場の意見を聞け、と言いたい。そう、現場のことを知らずして、教育改革なんてするな、と。

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クリスマスイブ。

同僚の先生(スペイン人)に呼ばれて、オフィスで働いている人と一緒にいってきた。

ワインを飲んだら、一発で酔っぱらう。ディナーは最高のもので、もうそれはそれはおいしくいただいた。

が、ワインを飲み過ぎたのか(ワインなんて、アメリカに来る前に飲んで以来)、


吐いてしまった・・・・・・。


イブなのに、気分が悪い。っていうか、何で1時間もトイレにこもっているんだ、俺??


体調が悪いので、今日は寝ます。

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天皇誕生日とはいっても、アメリカはクリスマス前だし、そのうえ、雪のため、クレージーな日になった。

今日はゆっくりしようと思って、ゆっくりしていたら、高校の先生から生徒会のことで電話が来て、出勤してくれないか、ということ。

というわけで、10時に高校へ。アパートの駐車場もある程度雪かきされていたが、自分の車はまだ。

高校で、生徒会のことに関して、生徒の監視をしながら、自分のしごとをする。その後、ショベルを借りて自分の車の周りの雪かき。

車を移動したのは良かったが、車のエンジンがかからなくなった・・・。これはバッテリーが上がったのか???


夜は友達の壮行会。日本に帰るので、ご両親を交えて夕食。

久しぶりに幸せなひととき。いろんな話をすることが出来た。

明日からはクリスマス。
24日は1件。
25日は2件。
計3件のパーティーに出席予定。すべて高校の先生からのお誘い。こういうのは本当にありがたい。

寂しいクリスマスでなくなる。うれしい限り。

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2日間家にこもったままだったけど、今日は忘れ物を高校にとりにいくことにした。

1歩外に出たら、アパートの前から駐車場に行く道は雪かきされていたけれど、


駐車場は雪かきされていない!!!!!!

クリスマスシーズンで買い物をしなければならない人が雪かきをしていたが、間に合うはずもなく、かなり苦戦していた。というのも、駐車場そのものが雪で運転できないほど。運良く車を出せたとしても、タイヤが雪にうもって、動けいない状態。

それよりも信じられないのが、アパートと高校の間にある道路。

雪かきされていない!!!!!!!

つまり、うちのアパートからは車はちょっとしか出せない。
その上、大型トラックが、道を塞いでいる・・・。


悲惨な状況を見てしまった。

秋田県の豪雪地帯でも雪が2メートルほど積もるけれども、除雪車が出ているので、道は狭いけど、運転は出来る。

が、膝したあたりまで雪が積もっている状況をほったらかしておくのはどうかと思う。

今後3日は家にこもろう・・・。

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ひょんなことから、冬休みが1日長くなったけど、外には出られない、車は運転できない程の雪で、1日が長く感じられた。

まずアパートから出られない。50センチほどの雪が入口に積もっている。

車もタイヤがもう埋まっている。

午前中は雪降って、風も強かったが、午後3時以降は晴れた。

コロラドより東にすんでいる皆さん、お気をつけ下さい。荒れると思いますよ。


とにかく、こんな日はゆっくりと家にいるのが一番。こんな休みも久しぶりだな・・・。

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昨日からの天気予報で知っていたけれど、大雪になる、ということから、今日は学校へ歩いていくことにした。

朝6時半、雪は降っていたけれども、そんなんでもなかった。

学校着6時40分。

数学科の一人の先生が

今日はもうおしまい。メリークリスマス。

なんていってたけど、ジョークかと思ったら、

大雪のため、この学校区の学校すべて閉鎖!!!!!!!!!


その上、6時間目と7時間目のファイナルは1月にやることになった。
えーー、朝早く出向いたのに、何??

今日は学校なし?

なんていっていたら、

もうね、外は大雪、大吹雪。

家に帰るのに、20分以上はかかりました。(普通なら5分とかからない)
車を運転していれば、もっとかかっているかもしれないけどね。

今日は家でゆっくりです。どこにもいけません。前が見えないくらい降ってるんだもん。

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今日は午前中はメイクアップの時間で、午後から4時間目と5時間目のファイナル。

午前中は、スタッフで朝食を食べ、いろんな書類の記入に奔走。

4時間目だけの試験監督なので、楽と言えば、楽。

4時間目の成績は
A: 0
B: 0
C: 1
D: 2
F: 12
No Show: 4

全員Fじゃないだけ、ましかな、と言い聞かせる(笑)。他のクラスも1人しかパスしないなど、いろんなことを言っていた。

夜はセントラルとの試合。女子も男子も。女子は買ったけど、男子は負けてしまった・・・。

懐かしい人たちとも出会えた日。(大学はもう冬休みだから)
まずは教え子たち。いろいろ話を聞くと、大学をエンジョイしている人もいれば、そうでなくて、大学を編入(当初行く予定だったけど、そこじゃないところへ行く)したりした学生もいた。
でも、全然変わりなく頑張っている様子でホッとした。

他にはここ2年ほど会っていない、グリーリーでは(というか全米で?)超有名なスポーツ社会学の教授が孫(@セントラル)の試合を見にきていて、久しぶりに話をすることが出来た。

この教授、日本でも翻訳本が出版されているよ。「アメリカスポーツと社会 : 批判的洞察」というタイトルです。ちなみに翻訳した教授もお会いしたことがあります(ちょっと自慢ー秋大の先生だったので)。

自分はスポーツには縁がない人間だけど、Dr. Sはそんな僕にもいろんな人(主に先生)を紹介してくれて、就職前のコネ作りの段階でお世話になった。人脈がある人はすごいな、って思う。

うちのバスケのコーチ陣も、Dr. Sのお陰で知り合うことができた。(し、その上、教育実習もすんなりいけた。)

充実感のある日でした。

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何に驚いたかと言うと・・・
ファイナルの出来の悪さ。

いやーね、総合成績の10%だけだからって、それはないっしょ、っていう感じ。
うちのクラスの成績です。

1時間目:
A: 0
B: 3
C: 0
D: 4
F: 21
No Show: 8

3時間目:
A: 0
B: 0
C: 0
D: 0
F: 16
No Show: 4

3時間目、見事でした。全員ファイナルF。

俺が通っていた高校は赤点が39点未満だったので、それを考えてみると、半分以上は合格になるけれど、

Study Guideまで配って
最後の3回で問題を復習して(しかもファイナルと同じ問題を使って)

ここまでして、何だこの有様は。

採点してて、顔が青くなってきた。
もっと恐ろしいのは、この光景は

他のクラスでもみられる

ということ。つまり、ほとんどがファイナルが悪い。どうなっているんだ?勉強したのか?

悲しくなってきた。マジで。プレッシャーに弱い学生もさることながら、マークの仕方もわからないんだもん。

1番出来る1時間目のクラスの有様を見て、3時間目は予想はついたけど、まさか全員Fだとは。

暗ーくなって帰ってきた1日でした。

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