FC2ブログ

09 | 2020/10 | 11

- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
プロフィール
月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム
検索フォーム
FC2カウンター
この国にくるまで、イスラムで知っていた主なものといえば、ラマダンだけだったが、やはり住んでみると、いろいろ体験するので、自分がムスリムでなくとも、いろいろ勉強になる。

とはいえ、4連休の祭日です。もううれしいったりゃ、ありゃしない!

この連休はアシューラというもので、シーア派が、多少デモとかするらしいので過激なこともあるらしいです。

説明は下にはっておきます。
ウィキペディアからのコピペです。

アーシューラー(عاشوراء (ʿāshūrāʾ))は、ヒジュラ暦で毎年のムハッラム月(第1月)10日を指すアラビア語である。イスラム教において宗教的に意味のある日のひとつだが、その意味合いはスンナ派とシーア派で異なる。
もともとアーシューラーの日にあたるムハッラム月の10日は、預言者ムハンマドがマッカ(メッカ)からマディーナ(メディナ)に移住(ヒジュラ)した後に、ユダヤ教の「贖罪の日」の断食をまねて、マディーナで建設されたウンマ(イスラム共同体)における断食潔斎の日と定めた日付であった。のちにマディーナにおいてムスリム(イスラム教徒)とユダヤ教徒との関係が悪化すると、ユダヤ教を模倣したアーシューラーの断食は義務として宗教行事ではなくなったが、スンナ派では敬虔な信徒が自発的に潔斎をとりおこなう日として存続した。アーシューラーの日を宗教的に特に重視するのはいま一方のシーア派である。
ムハンマド死から数十年後のヒジュラ暦61年のアーシューラーの日(ユリウス暦680年10月1日)に、イラクのカルバラーで、初代イマームアリーと預言者の娘ファーティマの間の次男であり、シーア派の人々には第3代イマームとみなされるフサインがウマイヤ朝の軍隊によって殺害される事件が起こった。
シーア派の人々が信じるところによれば、フサインは殺された時、彼を指導者として推戴することを希望するシーア派の人々の求めに応じて父アリーの旧本拠地クーファに向かう途上、これを阻止しようとするウマイヤ朝カリフのヤズィードの手にかかって殺されたのだという。このためシーア派の人々は、フサインをウマイヤ朝の手にかけさせてしまったことを哀悼し、ターズィヤと呼ばれる殉教追悼行事を行うようになった。
アーシューラーのターズィヤでは、フサインの殉教を哀悼する詩の朗読や、殉教したときの様子を再現する宗教劇が上演され、人々はフサインの死を大声で喚き、涙を流して嘆き悲しむ。さらに、フサインの棺を模した神輿が担ぎ出されたり、人々が鎖で自分の体を鞭打って哀悼の意を明らかにするなど、イスラム教以前の異教の残滓とみられるような熱狂的な儀礼が繰り広げられる。
宗教的な感情が最高潮を迎えるアーシューラーの日は、シーア派社会のエネルギーが爆発する日であり、イラン革命でもアーシューラーの日に行われたデモが大きな影響力を持った。


1クリック、今日もお願いします!
にほんブログ村 教育ブログへ
スポンサーサイト



 

Comment


        
ブログ内検索
リンク