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数学は暗記!?

数学を勉強していると、何故かモチベーションが下がったりする。その理由を考えると、「俺には数学の細才能がないのではないか?」ということが頭に入って来たり、「数学って役に立たないのではないか?」なんて思ったり・・・。とまあ、自分の興味があんまりないことを勉強するときはいつもこうなんだが・・・。

というわけで、そういうときは「どう勉強しよう」ということを根本から考えてみよう、と思って、以前オークション(Yahooのね)で買った『数学の学び方』 (岩波講座 基礎数学)という本を読んでみた。小平邦彦氏が編集した本。

1987年にでている本なので多少古いが、それでも、ためになることが書いてあった。(数学式がたくさん出ているところは飛ばして読んだ。)小平先生の学習の仕方(自身がどう勉強して来たか)のところを読んで、思わず、えっ?!って思った。それは、氏が

「数学は暗記だ」

といっている部分だ。読書百遍自ずから意通ず、の通り、「よくわからないところは、徹底的にノートに書いて、書いて、覚えるまでやれ」という旨のことが書いてあった。それをやった結果、「なんとか理解した」という。

数学と聞けば、「発想だ」とか「イメージだ」とか聞かれる。多少なりとも必要だとは思うが、そういうことをはしがきに書かれた数学を勉強しようとしている苦手な人間(俺のような)は、「俺は数学には向いてない」と思ってしまう。ところが、「暗記」と聞けば、それなりに、努力すれば身に付くもの、覚えるもの、という感じを捨てがたい。

歴史の用語、年代、人物を覚えるような、丸暗記というのとは、全く持って意味が違うと思うが、それでも、「数学は暗記だ」と言う、元東大教授の言う言葉には深みがある。しかも自身がそれを実践した来たのだから。(ちなみに彼の東大の授業で、セミナー形式の授業は、学生が割り当てられた問題や証明を発表するらしいのだが、そのとき、「何も見てはいけない」らしい。ここにも、「暗記」を取り入れている)

受験数学と大学の数学は全然方向性が違うと思うが(同じ数学なので、内容はかぶる部分があるだろうが)、大学数学を端的に表したような文だと思った。

数学に王道はない、と書かれてあるが、「暗記」ということを通して、地道な努力が必要なのは、言うまでもないだろう。

「おわりに」のセクション(P159-160)を引用したい。
*******************
これまで、関係式 (1)
exp(iθ) = cosθ + i sinθ
を出発点として、それにまつわる題材を軸に、 数学における典型的な考え方の一端を紹介した。
また、はじめに述べたことと関連して、 明晰に考えることの見本も述べたつもりである。

話は数学からそれるが、何かものを習い始めるとき、
先達から要領やこつを教わることは非常に有効であり、
そうでないのと較べると能率のよさには格段の差がある。
筆者は年をとってからスキーを始めようと思いたったが、
若い人達とスキー学校で肩を並べるのはてれくさく、 ほぼ独力で滑り始めたところ、
2日目に曲るべきところで曲がりきれずに脚の骨を折るという苦い経験をした。
まさに生兵法は怪我の元という諺を地で行く結果である。

しかし、いくらこつを教えられても、
それを身につけるのにはまた別の努力や感覚が必要なことも明らかであう。
筆者はかつて渓流のやまめ釣りに挑戦したことがある。
そのときは名人ともいうべき友人が同行していて、 最初にあれこれと細かく注意を与えてくれた。
2時間ほどの試行の結果は、ほとんど同じ場所にもかかわらず、
友人が 5匹を上廻る釣果でこちらは零であった。
そのときの友人の言葉は印象的であった。
「同じ川の同じ場所のあありを日や時間を変えて何度でも当ってみろ。
そのうちにきっと魚とのなじみができてくる。
そうすれば、そよの川へ行っても いくらでも応用がきくようになる。」
この言葉は数学 (やその他の学問) の学習にも一脈通ずるものであろう。
要は、本人の研鑽の努力ここが最善で最後の極め手である。
*******************

さて、数学でも勉強しよう。
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