地理の地盤沈下…私大入試が排除、異文化理解の危機

高校で必修となっている世界史の履修逃れが問題となっているが、大阪大の小林茂教授(地理学)は、「必修でない地理はもっと大変なことになっています」と打ち明ける。
 一昨年末に京都で開かれた地理学の研究会で驚くべき報告がなされた。予備校講師の調査で全国約500ある私立大学のうち203大学が地理を入試科目にしていなかったのだ。「近畿では私大入試の70%が地理を排除していました。そこには近畿でトップの大学の名もありました」と小林教授は嘆く。
 「なぜ地理を選択しないのか」という生徒たちへのアンケートでは、「受験に使えない」という答えが最も多く、「魅力を感じない」「高校で地理を選択できない」との回答が続いた。
 かつて地理は必修だったが、1973年度から世界史、日本史とともに選択に。さらに94年度に地理歴史科のうち世界史だけが必修となった結果、地理の地盤沈下は決定的となった。そこには、教育の成果を測るはずの入試が、教育の制約になっているという皮肉な現実が横たわっている。
必修なの、選択なの、そういう風にカリキュラムを組むから問題になる。一層のこと

社会科(地理歴史)すべてを必修にする

くらいの度胸が必要だ。受験科目をB、それ以外をAでやらせる。

センター試験では、すべての地理歴史、公民を受験させる。(必修漏れを防ぐため)

他国では社会は重要な科目と位置づけられている(と一元社会科現数学科教師は思う)。民主主義の礎となるからだろう。

前にも書いたけど、こっちの学生はすべて勉強する。世界史(1年)、アメリカ史(1年)、アメリカ政治(半年)、世界地理(半年)。これらは必修。経済、社会学、心理学、ヒスパニック研究は選択。

このクラスの中で、読解力や作文力をつけていくので、知識ばかり教えているというわけではなく、かなり実用的なこともやる。

ちなみに、俺は高校のとき日本史選択だった。でも、日本を知る前に世界史もやっておけばよかったな、っても思ったので、代ゼミでは世界史もとった(2浪したから時間があったので)。

いざ、教育実習になると、今度は地理を教えろ、と。大学で習ったが(楽勝A科目)、やはり高校でとっていなかったせいか、授業を組立てるのにかなり苦労した。だって

全て一から勉強し直した

んだもん。でも、勉強してみると、これが結構面白い。自分が他国にいる、ということも助けて、いろんな国のことを知ることは、受験ぬきにしても、今後アメリカ社会で生きていくにはかなり役に立つだろう、とは思う。知っていて損はない、という気がする。特にアメリカの国際的関与は凄まじいもので、新聞を開けば、必ずアメリカと他国の関係の記事が載っている。

世界地理を教えていて、学生のみならず、自分が一番勉強していて楽しかったような気がする。
特にインターナショナルの特権、ゲストスピーカーを呼んでいろいろ質問をする。こういう経験はアメリカ人のみならず、日本人にもいい意味で影響を与えると思う。

「Taking Others' Perspectives」は自分が社会科教育を勉強していたときに掲げていたテーマだ。歴史も時間軸を基準に、当時の状況に身を置いて考える、地理も他国に身を置いて状況を考える。

いい実践だった気がするし、学生も世界地理を通して、他人の立場を考えれるようになったと思う。会えば、そのときの話になる。

一社会科教師として思う、全ての科目を必修にせよ、と。理科は「理科総合」があるではないか。どうして、社会で「社会総合」がないのか?どうして「世界研究」のようなものがないのか?総合的学習よりももっと身のある授業が展開できるんじゃないか?


と、数学を教えている社会の先生は思うのでした。


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